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いろいろやめました。

”どんな仕事をしたいか”ということばかり考えて生きてきたけれど、
”どう生きるか”ということを、これからはちゃんと考えていきたいな
と、最近思っています。

と書いたのが、昨年の10月のこと。
あれから約半年。

「辞めない」が最小かつ最大の目標でしたが、
年度末で仕事を辞めました。



僻地で困っている人を何とかしたいと医療職を志してから
受験勉強をし、大学に通い、看護師をして、
夢を叶えて僻地で1人配置の保健師をしてみたら、
とにかく息が詰まる。苦しい。

東京生まれ、東京育ち、親族も東京にいる私には
地方都市はおろか、僻地がどういうところなのかわかっていませんでした。

困っている人の、僻地のお役に立たなければ!
と思って8年ほどやってきた結果、苦しい。

8年もかけたんだから
まだ1年しかやってないんだから

なんて思っていたけれど、元を取ろうとするのやめました。
損しよう。

自分には僻地は向いてないってたった8年でわかって本当によかった。
僻地に行くなら看護師を5年は経験してからでないと!
なんてことをしてたら、向いてないってわかるのがもっと遅れてた。
しかも、中途半端な僻地に行ってたら、ずっと悩んだと思う。
ものすごい閉鎖的なところだったからこそ、諦めがついたし、
諦めをつけるまでに適切な場面でスマートな人たちからの助言を
今にして思うとちゃんともらってました。
やってみないとわからないことだったし、ちゃんと夢を叶えたんだから、後悔はないです。
自分の向き不向きがわかって、こんな短期間で諦めがついたのって
本当にラッキーだと思う。


それから、人の役に立つ、という夢の持ち方をやめました。
そう思えば思うほど、勝手にいろんな責任背負い込んで、自滅することを繰り返してきました。
”人の役に立ちたい”という私の”したかったこと”は
”私は人の役に立っていない”という思い込みがあったから成立していた夢でした。
仕事をしていれば、イヤでも人の役には立つのだから、夢として持たなくていい。


医療職以前からひとところでの仕事が長く続かない自分が情けなくてしかたなかったので、

医療職になってからも1年毎に退職するなんて!
親を安心させなければ!
次も正職員でなければ!

と思っているうちは転職先が全く見つからなかったのですが、そういうのもやめました。

”こうしなければ”
”社会人としてこうあるべき”
”親が心配するから”
”世間にどう思われるか不安”
を自分の判断基準にするのやめました。


1年毎に転職するのが私なのね!
旅好きだけど、旅を仕事にするんじゃなくて、仕事を旅するようにするのが私なのねー。

と自分を受け入れたら、あっという間に希望通りの転職先が決まりました。
次も行政の保健師やります。


先日、臨床心理士さんと
僻地で役に立ちたいと志してからというもの、
この8年で楽しい、嬉しい、心地いい、という感情にものすごく鈍くなったと話したら、
「辛い、苦しい、を感じにくくするために、感情を鈍麻させていた結果でしょうね」
と言われました。
30代を夢のために耐える期間にしていたんだなぁ。
夢は叶えたけど、楽しくなかったよね、私。
ごめんね、私。
残りの30代は心地良く、気分よくいよう、私。


本当はしたくないのにしていること、
本当はしたいのにしないでいること、
たくさんあります。

これからは
やりたくないことをどんどんやめて、
やりたいことをじゃんじゃんして、
がんばらずに、ひらひら、へらへら、ゆるく生きていこうと思います。


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SPEC。

HUL/Tiida
30代♀

いろいろいろいろあって
「それどこ?」
っていうところで
保健師になりました。

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