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コメント

感じるべきは罪悪感ではなく。

今日も自分を振り返ってみようエントリーです。
ずっとここに書けずにいたことも。
お暇な方だけどうぞ。










先日、働いていた病院に行きました。

病院のすぐ近くのお店にどうしても欲しいものがあって。

こんなに看護師時代のことまで悩んでるときに
”もう一生近づかない”と思っていた病院近くの店に行くとかドMか?

とかなり悩みましたが、欲しいものをあきらめきれずに行くことに。

勢いで、現地到着直前に連絡を入れて同期たちに会いました。
退職して以来の再会でした。

私が退職したときには1年目だった同期は
いまや3年目で早くも中堅となっていて、
見た目も大人になり、
話す内容も、仕事の内容もずいぶん変わっていてまぶしかったです。

でも、まぶしかったのは一瞬でした。

病院の中でも「独特の文化」と評判だった病棟は、
お局看護師たちがパワーアップしてやりたい放題に。

病院自体、勤務先としての評判はあまりよくなかったのですが、
夏休みがなくなるなど待遇はますます悪化。

同期には休職者がちらほらいて、
お尻がなくなるほどの拒食症の子も・・・。

同期の話を聞いていたら、当時の苦しかった思いがよみがえってきて、
こんな風に思っていたことをようやく思い出しました。

それから数日経って、嘘みたいなタイミングで
当時の患者さんから久しぶりに連絡をいただきました。

その患者さんはご入院で大変なときだったにも関わらず、
私の様子を見て、話を聞いてくださり、
「看護師以外の職歴があって転職するなら、公務員はどう?」と声をかけてくださり、
「医療職続けたいんです」とお返事したのをきっかけに
保健師の仕事を考えるようになりました。

逃げるための道を示してくださった方がいて、
私はあの職場から逃げられたことを思い出しました。


それをきっかけに、
僻地で働いていた頃のこともいろいろ思い出しました。

ずっとここに書けなかったけれど。
僻地の保健師を辞める前に
適応障害と鬱病の診断がついて休職したんです。

言葉が出なくなって、なんかおかしいな、と思っているうちに
自分が今、何をしないといけないのかがわからなくなり、
徐々に自分が今、何について考えているのかよくわからなくなって、
困ったな、もっと頑張らないといけないのにな、と思い始めた頃、
会議に出席されていた民生委員さんたちが私を見て、
「あんなにニコニコしてた子がちっとも笑わなくなって、なんか様子がおかしいのよ」
と医師に伝えてくれていたらしいのです。

職場ではその数か月前から私は朝の挨拶さえも無視されていて、
職場で私の様子がおかしいと気付く人は誰もいませんでした。

「最近表情がすぐれないようだけど、大丈夫ですか?」と医師に職場で聞かれたときには
ここで弱みを見せるとますます攻撃されると思ったので
その場では「大丈夫です」とだけ答えていました。

それから間もなくして感情のコントロールができなくなり、
一人夜勤をしていた看護師さんに泣きながら相談に行き、
翌日、休診日にも関わらず「土地の人に見られたくないだろうから」と
医師が特別に診てくれて、即休職となりました。

僻地で働くことは私の夢だったし、私は自分で望んで僻地に行ったし、
看護師を1年で辞めたので、次は長く働かないとという焦りもあった。
実際、一人しかいない保健師がいなくなると生じる問題もわかっていたし、
土地の外から来た保健師がその土地にいることの意味をわかっていたので、
土地を離れるよう指示があったので実家に戻ったけれど、
「あそこには保健師が私しかいない。住民さんが困るから早く戻らないと。」
と、霞がかかってぼーっとした頭のまま、診察のたびに私は言い続けました。

しかし、ほんの少し状態が改善したときに
その土地をよく知っていて、何度か一緒に働いた医師から

「状態がいいときの君なら、戻れないと判断できるはずだ。
 今の状態であそこに戻ることは許可できないし、
 今後、症状が改善したとしても、
 再発することがわかっている土地に君が戻ることは医師として許可しない。」

と言われ、散々悩み、7キロほど体重が落ちた頃、退職を決めました。
住民さんの気付きと医師たちの診断と言葉が、私をあの土地から逃がしてくれたのです。



どちらもほんの少し前の出来事なのに、
自分を責めることで精一杯で
感謝することをすっかり忘れていました。



先日、

どんなにできなくても、どんなに叱られても、
自分が思っていたよりも
ずっとずっと楽しくて充実していたことを今、思い知っています。

って書いたけど。

罪悪感や情けなさを横に置いてみたら

あんな思いは二度としたくない。
看護師として働いていた病院にも、
保健師として働いていた土地にも、
絶対戻りたくない。

って本音がどろっと出てきました。



何か目標があって、それに向かって努力することは
楽しくて、充実した日々を送る糧になるけれど、
そのために自分を大切にできなくなれば
楽しさも充実もあり得ない。

そして、
看護師をしていた病院からも、保健師をしていた土地からも
私が「逃げた」だけではなく、たくさんの人に「逃がしてもらっていた」。
そのおかげで、今の土地で、保健師をさせてもらっている。

罪悪感には
当たり前のことや感謝を忘れさせるほどの
猛烈なパワーがあるって思い知りました。

私が感じるべきは、罪悪感ではなくて、感謝でした。

もっと自分を大切にして、
もっともっと人に感謝できるようになろうと思います。

ご訪問ありがとうございます。

SPEC。

HUL/Tiida
30代♀

30過ぎて大学に行って
急性期で1年看護師
僻地で1年保健師をして
今はまた別のところで
保健師をしています。

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